私には書けない
書けない。
私には書けない。

『精霊の守人』を最後まで見終えたのですが、こういうのは今の私には書けないなぁ。
淡々としてるんだけど面白い。
もちろん映像的な美しさなどもあるのだけれど、どうしても目が行くのはストーリーの流れの方で。
どうも自分はまだまだ登場人物に感情移入し過ぎてしまがちだと思い知る。

ああいう、ある種の突き放した感覚はほしいところです。


十代のバルサが予想外に可愛かったです。
もちろん三十歳のバルサも当然魅力的ですが。
どうしても美しいとかカッコいいとかの評価を抱いてしまうので、十代の頃のあの可愛さはちょっと意表をつかれた。

だけど周囲を細身の男性とか少年とか老婆に囲まれていることが多いので、どうしてもバルサが実際以上に大きく見えますね。
そこら辺は多少は狙ってやってんのかな?


原作の方はアニメの話の続きも書いているようなので、かなり興味が湧いてきます。
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200808212226
マクロスFってセカイ系?
おひさしぶりです。
絶賛スランプ中な今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。

それにしても今の季節は当たりのアニメが非常に多くて、見るのが大変でございます。

そんな中で注目作の一つ『マクロスF』なわけですが、これがどうも見ていて違和感を感じることが多々ある。

宇宙を旅する移民船団を舞台にして、超銀河レベルのアイドル歌手やら、謎の生命体との戦闘など、本来なら非常に広い世界を感じるはずなのですが・・・

これがどうにも狭く感じる。
主人公であるアルト達の手の届く範囲にしか世界が存在していないというか。
それだけなら良いんだけど遠くに見える風景が実は書割のような。


これがなぜかって考えた時に、この作品は圧倒的に『民衆からの視点』が欠如してるんですよね。
恥ずかしながらつい最近『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』を観たのですが、あれってアイドルに対する無責任な批評をするオペレーターの女の子達がいたり、主人公の輝とヒロインの一人、ミンメイのスキャンダルを追うマスコミの姿とかが描かれていた。

それがマクロスFの場合、全くそれが描かれない。
主人公のアルトが芸能界に全く興味がないのも関係してるけど、いまいちシェリルもランカも人気アイドルであるという感じがしない。
シェリルとランカに対する世間の無責任な噂や批評も全く劇中では描かれない。
アルトと女の子二人の恋の鞘当についても全くマスコミが報道する様子がない。普通、あんだけシェリルがアルトにアタックしていれば、どこかが報道しそうなもんだけど。

そもそもが学園の生徒にしても主体性が一切与えられていない。
シェリルが転校してきた時こそ大騒ぎしていたけど、それ以降シェリルの周囲を取り囲む生徒の姿はあまり描かれないし、ランカがトップスターになっても『お近づきになろう』とする輩すら現れない。
アルト達がいつもの場所でグループ作ってダベってる時には、なぜか生徒達の姿が周囲に全くないという妙な空気の読みっぷり。

(映画が撮影して完成して放映されて話題になるほどの時間が経過しているのに、全く時間が経過したような様子が無かったりするのもSF物として違和感があるのだけど、それは今回関係ないので置いておく)

そんな中間の世界が全く描かれず、主人公とヒロインの問題がそのまま世界の危機に繋がってしまうような物語って、そういえば昔そういう定義をするのが流行ったなぁって思い至る。

こういうのって『セカイ系』って言うんじゃなかったっけ?
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200808011839
『ガンダムシステム(全領域汎用連続強化型機動兵器機構)』ってなんだ?
がんだまぁBlogさんの『ガンダムという「機種名」』を読んだ数日後、風呂場で髪を洗っている時に唐突に思いついたネタ。
単なる思い付きなので、作品内での描写との不一致がある確立はかなり高いです。

>以前は「ユニットごとに新規パーツに更新して強くなっていく」システムと定義したんですが、これだけでは弱いというのは当時からわかっていましたし。

ルロイさんの『ガンダムとは『ガンダムシステム』を搭載した機体のことである』という定義を元にした考え方なんですが。

髪を洗い流している時にふと思い出されたのが∀ガンダムのとあるシーン。
第19話「ソシエの戦争」で頭部を調査のために外していたホワイトドールが、敵の襲撃に自分で頭部を首に押し付けた後、頭をネジを回すように押し込んだだけで目に光が灯って普通に頭部が動くようになるという描写があるんですが。
これが『ガンダムシステム(全領域汎用連続強化型機動兵器機構)』なんじゃないかと思うのです。

普通は頭部を体にくっつけただけで動くようになるはずもなくて、電気系統とか関節などを整備員が接続することで初めてまともに動くようになるものです。
それなのにホワイトドールは首を回すだけで普通に動くようになり、ターンエックスに至っては各パーツがバラバラに分かれて飛んでいった後に再びくっつくという驚きの機構を有しています。

本来は整備員の手を解することが必要になるパーツの換装を、パーツ同士がくっつくと自動的に合体するシステム。それを『ガンダムシステム』というのではないでしょうか。

思いついた切っ掛けは∀ガンダムでしたが、同様の描写は宇宙世紀のガンダムにもありました。

機動戦士ガンダムでいうならば、コアファイターにAパーツとBパーツが合体することでMSとなる『コア・ブロック・システム』や、合体することで飛行可能になったりする強化武装であるGパーツ。
利点としてはパーツ換装の時間が短くなるので、戦場などで損傷して戻ってきた時に損傷箇所を外して予備パーツに変えることですぐに再出撃が可能になること。
これが『全領域汎用連続強化型機動兵器機構』の』『連続機構』。
もう一つはスーパーガンダムなどに代表される、強化パーツと合体することで機体を強化することができる機構。
この機能が『全領域汎用連続強化型機動兵器機構』の『強化機構』なのではないかなぁ、と。

『連続』と『強化』を『連続強化』として一つの単語として扱うのではなく、それぞれが別の意味を指していると考えてみました。

欠点としては、ユニット事に複雑な機構を取り入れることによるパーツ単位の単価の上昇。
ジムがガンダムと呼ばれないのは、コストの問題からこの機構を排したためなのではないかと。


これ等の描写がないガンダムの名前が関された機体についても、各関節部やユニットにこの『ガンダムシステム』が取り入れられていたのではないかと妄想してみたりする。

ただし、Zガンダムに登場したエゥーゴ系ガンダムやサイコガンダムに対しての根拠が薄弱なのは否めません。
関節や各ユニットにも合体機構がついてるなんて、∀ガンダムの描写を元にした妄想の産物だからなぁ。Z本編にもそういう描写があると良いんだけど。


まとめると『全領域汎用連続強化型機動兵器機構』とは『全領域で活動でき、また装備する武装を変更することで様々な用途に使用でき、パーツ換装が楽で連続出撃可能で、パーツ換装により強化可能な機動兵器のシステム』。
簡単にいると『合体機構』を持っているMSのことと定義してみる。

・・・こんなネタは如何でしょうか?


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200806220957
「ハルヒダンス」に関する論理という名の詭弁
ハルヒ二期のキョンのビジュアルがギャルゲーチックになってて絶望した!
なぜダ・カーポといい、二期になると主人公の髪を伸ばすのか。
あの短髪がキャラの性格と合ってて良い感じなのに・・・・・・。

「ハルヒダンス」は何が評価されているのか? - 黒く濁った泥水を啜る蜥蜴

今回はこの記事について反応してみる。
他の作品を引き合いに出して貶されると、やっぱりそれが好きな人間としては反発心を抱いてしまいます。
記事の内容を読む限り、流行りものに対する反発心と「そこまで騒ぐ代物じゃないだろう」という感触からの記事っぽいのですが、ああいうのって、お祭りの中にいないとやっぱり本当の面白さって分からないと思うんですよね。
自分もアイドルとか芸能人とかJ-POPについては基本的に似たような反応をしてしまうって自覚があるし。
「良い演技だ!」「良い歌だ!」と言われても、ついつい「そうかぁ?」って思ってしまう。

『「ハルヒダンス」からはそれらの個性が伝わってきません』という件に関しては、KoshianXさんが私の言いたいことは全部言ってくれているのでパスするとして。
そもそも、各々の個性の出たダンスってのが何か分かりませんけど・・・。
それぞれがキャラにあった全然違う振り付けのダンスを踊るべきってことでしょうか?


『ハルヒダンスの何が評価されたのか?』について。
黒蜥蜴さんはどうしてもあの踊りを本編から切り離して評価しようとしているようですが、それが私にはそもそも間違っているとしか思えない。

だってアレ、本編のオマケじゃん!

『涼宮ハルヒの憂鬱』ってキャラクターが魅力的で、作画が良くて、ストーリーも面白くて、平野綾さんの歌とか、話数シャッフルや衝撃の第一話などの話題性や、洒落の効いた細かい更新をする公式サイト、二次創作にしやすい設定で色んな絵描きさんが一斉にイラストやマンガを描いたりことなど。そんな様々な効果が複合的に合わさって大ヒットした作品です。
皆はあのダンスを、そんな『涼宮ハルヒの憂鬱』に付随する『レベルの高い技術で作られたオマケ』として楽しんでいるのに、それを本編から切り離して評価しようとしたら、『良い』と評価している人との間で認識の齟齬が出るのは当たり前。

たとえばガンダム本編を観ずに「本編から切り離して考えれば、どう見たってガンダムってデザイン的に格好悪いじゃん。なんで皆、あれを格好良いって言っているか分からない」って言っても、ガンダムを好きな人間から猛反発を受けるに決まってます。
なぜ、ガンダムかというと『ハルヒダンス』に比べて事情を単純化しやすいからで、また同時に私がガノタだからです。
『本編を観る気が起きない』+『ガンダムなんて格好悪い』と二重の意味で相手の好きなものを否定しているのですから、否定された方はそりゃあ冷静に対話するのは難しいです。だって全否定ですもん。

更には多少冷静に「いや、本編観てみろって、そうしたらガンダム格好良く見えてくるから!」ってコメント欄で言われても、「私が本編を観ない理由の一つは「ガンダム」が格好悪いからです」と答えられたら、そりゃあまともに相手にする気も失せるってものだ。
こっちは「本編見れば、格好良くみえる」って言ってるのに。

もう一度言うけど、ハルヒダンスを単独で評価しようとすること自体がそもそも間違いで、あれは『涼宮ハルヒ』という巨大なコンテンツの中の一つなのだ。
普通は一枚絵をスクロールさせるなどして動画としては手を抜くことが多いEDのアニメーションで、あれだけの作画枚数を使って作った『涼宮ハルヒの憂鬱』のEDだったから、あそこまで評価されている。
これがハルヒではなく、別の作品のEDだったとしたらここまでの評価は得られなかったに違いない。

その点に置いて黒蜥蜴さんの『本編と切り離して考えないのはナンセンス』という考え方は非常に違和感を覚える。
動画投稿サイトについても言及しているけど、あれは別に黒蜥蜴さんに観て貰うためにアップされていたのではないだろう。
当然ながら基本的には『すでに涼宮ハルヒが好きな人』を想定して、あるいは『これを切っ掛けにして本編にも興味を持ってほしい』という想いからアップされているはずである。
それにアップされていたとは言っても、その動画の再生ボタンを押したのは黒蜥蜴さん自身ではないかと思うのだけど。
少なくともブログを見に行ったら、強制的に再生が始まって、最後までその動画を見るのを強要されたというはずもない。
ハルヒダンスを観たのは黒蜥蜴さんの意思によるものだ。
それを自分の意思で動画サイトに行って、自分の意思で再生ボタンを押して、自分の意思で最後まで見ておきながら、まるで『観たくなかったけど見せられた』というような態度を取られても困る。


更に言うなら黒蜥蜴さんが使っている『「本編を観ているという前提を共有しない者」も訪れるそういった場所へのそういった行動によって単独で世に放たれたことで、事実上「ハルヒダンス」は本編から独立した単独の映像作品となってしまった』というロジックを利用すれば、『「前の話を観ているという前提を共有しない者」も訪れるそういった場所へのそういった行動によって世に放たれたことで、事実上「第6話」は独立した単独の映像作品となってしまった』という風に改変することができる。
まぁ、要するに『ハルヒダンス』が切り離されて単独でアップされたから『単独作品』として評価するべきとするならば、ドラマやアニメの全50数話の内、第6話だけが切り離されてアップされていたなら、それはシリーズ物ではなく『単独作品』として評価すべきという話になる。
あるいは『第6話』ではなく『ある話数の1シーンだけ』という風にしてもいい。

前後の繋がりが不明な1シーンだけを見せられても、たとえそれがファンの間では名シーンとされていても、本編を知らない人間には面白さが分からないということは往々にしてあるはずだ。
たとえば、私なんかはテレビの特番などのなつかしアニメ系の番組で、ネロが絵の前で死ぬシーンを見せられても泣いたりはしない。
だが、それを私が「つまらない」「話の意味が分からない」とか言ったりしたら、そりゃあ元の作品が好きな人間は反発するに違いない。
そして「本編を観てみろ、そうすればあのシーンで泣けるから!」と言うに決まっている。


そんなわけで私には黒蜥蜴さんの話には同意できない部分が多い。
ブームの中の一つの要素を取り出して、その一要素だけを評価しようとするならば、そりゃあ周囲の評価が過大であるように見えるのは当然の話なのだ。
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200806170814
『ディアナ・ソレル』=『隣の部屋のドジな新任女教師』な法則
たんえーすっ!(挨拶)
mementoさんが君主論を書いていたので、思わず小説ほっぽりだして読んでしまいました。

∀ガンダムにおける君主論・その15 - Speak Like a Child

相変わらず、私が持っていない視点からの考察で非常に面白い。

基本的に私は私人としてのディアナは好きだけど、公人として女王としてのディアナは好きじゃないんですよね。
なので地球でキエルとして自由気ままにやっている間は好きだけど、月に帰ってからのディアナは好きじゃないというか嫌いです。

その理由が自分の中でちゃんと説明できなかったんですが、mementoさんのコラムを読んで「成程、そういうことか」と納得。


自分がディアナ・ソレルのどこが好きかというと、彼女の天然さ具合というか世間知らず具合というか、要するに天真爛漫というか純粋無垢というか、とにかくそういう部分なのです。
分かりやすく言うならば『自分ではしっかりして自立していると思っていて年下の自分に年上として接してくるんだけど、その実ドジでオッチョコチョイな目の離せない隣の部屋の新任女教師萌え!』ということです。

女王としての仮面を被ったディアナは『その女教師が学校で教師という権力を笠に着て、特有のズレた意見を強引に押し付けているのを目撃してしまった』感覚で、普段の可愛い彼女を知ってしまっている身としては何とも微妙な気分になってしまう次第なのです。


それはつまり、ディアナに女王としての権威があまりにも身の丈があってなさ過ぎることからくる不快感で、まるで自分が偉いのだと勘違いした子供が調子に乗っているのを見せ付けられるのにも似た感覚。



でも、それってあまりにも大統領型の君主を基本に置いた視点の持ち方であって、ディアナ・ソレルという存在が天皇型の君主である以上、重要なのは『女王』という衣装であって、それを着たディアナ・ソレル個人はあくまで服に付随する存在でしかないのだとmementoさんのコラムを読んで分かった。
ディアナに必要とされるのはその衣装を汚したりするような行為をしないことであって、その服が似合っているか否かは重要ではないのだろう。

その境遇を思うと、ディアナがその地位を捨てて『ただの人』になりたがったのも非常に納得できる。


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200806130919
『家族ゲーム』の3巻は恋愛交差点
家族ゲーム 3 (3) (電撃コミックス EX 4コマコレクション)家族ゲーム 3 (3) (電撃コミックス EX 4コマコレクション)
(2008/02)
鈴城 芹

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―「恋愛とかフラグとかゲームの中だけの話だよねー」
  (ダメな方へ行った…)(本編より抜粋)


まぁ、作品内は恋バナの嵐なわけですけどね☆

・・・なんか、自分がアフィを貼るものは画像が表示されないことが多いなぁ。
表紙画像をブログに貼りたいからアフィを使ってるんだけど、なかなかそれが活かされる機会がありませんの。

そんな話はちょっぴり寂しげな話は脇に置いといて・・・家族ゲームの3巻が発売されたんだよー!

2巻の感想のタイトル通り、人間関係の積み重ねがこの作品の面白さだと思っているので、出来れば雑誌連載に途中から目を通すのではなく、ちゃんと時系列順に読みたいので単行本が出たのは非常にめでたいです。
・・・4コマって不遇だから単行本化されなかったり、続刊が出なかったりすることが多いからなぁ。

「家族ゲーム」は人間関係の積み重ねマンガ

いやー、やっぱりいいなぁ。
鈴城氏の作品だと「看板娘はさしおさえ」よりもこっちの方が好きかなぁ。もちろん、今度出るさしおさえの3巻は買うけれどもね。
最近はトリコロの第1巻という名の3巻が発売されたりと、4コマ的に賑わってます。自分の中で。

今回は暴走する恋愛話に対するストッパー&増長係として、お母さんズが本格投入。
伊佐坂母が相変わらず良いキャラ過ぎです。
その母の一種行き過ぎともいえる勘違いも、助産婦という設定のお陰で妙な説得力が・・・・・・相変わらず人間関係の構築が巧みです。

作品内の恋愛についても「愛さえあればオールオッケー」ではなく、登場人物達が世間体とかを気にして悩んだりするところが面白い。
雑誌の倫理コードと一生懸命戦っている鈴城氏の姿が透けて見えてきて応援したくなります。
そんな下手すれば暗くなりそうな恋愛劇を、ちゃんと楽しく笑える4コマにしているのが素晴らしいなぁと思うのです。


しかし、葵の成長が著しい。
ぐんぐん背が伸びてる。というか頭身が上がっている。23話辺りから特に手足がすらりと伸びた感じで描かれるようになって気がする。

家族ゲーム (Dengeki Comics EX―電撃4コマコレクション)家族ゲーム (Dengeki Comics EX―電撃4コマコレクション)
(2006/10)
鈴城 芹

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この1巻の表紙と、3巻の表紙を見比べるとその変化は明らか。

他のキャラクターはそんなに見た目が変わっている印象がないのに一人だけ変化しているのは、やっぱり精神的な成長の証なんだろうなぁ。
と、なると次の4巻辺りでお姉ちゃんの方もぐっと頭身が上がり出したりするのかしら!

半年後ぐらいに出るであろう次巻が今から楽しみで仕方ありません。


しかし本屋に行ったら、家族ゲームと同じ発売日だったはずのるり色輪廻の2巻の方はなぜか店頭に並んでいませんでした。う〜む、何故?
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200803011615
トリコロの新1巻出たけど…
しかし、MW版のトリコロの第一巻が出たのはいいのだけど。
めでたいことだけど。

芳文社版の単行本はもうAmazonじゃ取り扱ってないんだよなぁ。
本屋の在庫自体もそう多くはないんじゃないだろうか。
芳文社ももう増刷はしないだろうし、MW版から入った人とかには非常に不親切な状況だわなぁ。

というか、MW版がどうみても芳文社時代からの読者が買うことしか想定してない構成なのが気になる。
せめてキャラの顔と名前が一致するような紹介ページにした方が・・・
あと、これまでのあらすじとかもあった方が・・・

いや、まぁ、自分なんかが気にすることじゃないんだろうけど。

・・・なんだろう、このフリーダム具合。逆に不安になります。
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200802262019
トリコロ特装版ゲットォ!
うおおおおおおおおーーー!
げっとぉーーー!!

トリコロMW-1056 1 特装版トリコロMW-1056 1 特装版
(2008/02/27)
海藍

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取り置きをお願いしていた書店から連絡があり、無事特装版をゲットすることができました。
その前に弟君が他の店でも存在を確認していたので、やはり品薄になっているのはネットの限定の模様。

・・・予約取り消しで在庫がどっと出来たりしなければいいのだけれど。

しかし付録の「稀刊twelve」がすんごい太い。
本編の方も4コマの単行本としては結構太めなのに、それを上回る幅広さ。

これから、ゆっくり読みたいと思います。


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メディアワークス版『トリコロ』の特装版は地獄だ!
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200802261739
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